■勇者紹介

Silverbullet

Author:Silverbullet
ルエリ鯖主に7ch/モハフは3鯖
名前の由来は「銀の弾丸」で、通称ギンダマン。
勇者とは究極の器用貧乏である。

■勇者指数

■勇者記事
■こめんつ
■勇者分類
■みなさま
■月別勇者

■勇者検索

■RSSフィード
ここまでくると、消化試合
 1574年4月。
 140219_01.jpg
 浅井家はほぼ滅んでます(報告
 北陸へ向かう島津家の軍勢がパない。

 1575年4月。
 140219_02.jpg
 武田家が織田家に滅ぼされる。そんなことしてる場合か、織田家よ。徳川家が追い詰められる流れで、漁夫の利を得に来た北条家とぶつかる。また、浅井家を滅ぼす勢いが余って上杉家ともぶつかるという三正面作戦になってしまうが、ここまでくると消化試合感もある。

 1576年5月。
 140219_03.jpg
 上総国、下総国も制圧。

 1577年、1578年と、北上を続ける。
 140219_04.jpg 140219_05.jpg

 1579年9月。
 140219_06.jpg
 本州を制圧。
 捕縛した武将を登用するため、捕虜のいない部隊を残して全軍帰還する。史実武将を全員家来にする、というプレイ実績があるんですもの。

 というわけで、
 140219_07.jpg

 全国統一。
 140219_08.jpg

 お疲れ様でした。

野望 | 19:36:05 | Trackback(0) | Comments(0)
戦争は数、は前提条件
 織田家との戦端を開き、石山本願寺を滅亡させる。とばっちりに近いけど、織田家と島津家のぶつかり合う戦場に軍勢を出してきたら、そりゃ両軍からつぶされるよね。どっちかの味方ならともかく。

 1571年4月。
 140218_01.jpg
 いかな大軍であっても、タイミングをずらしつつ複数の方向から攻め込まれては、移動のタイムロスが致命的な結果を招くことがある例である。軍勢を分割し、各個撃破だ。
 同盟を結んだ浅井家は「困惑」モードになりはしたが、やはり攻め込んではこない模様。

 1571年10月。
 140218_06.jpg
 地理的条件から、一箇所に集まらざるを得ない織田家に四方向から進軍。これダゴン星域会戦みたいな展開じゃないですか? いかな大軍といえども遊兵をつくってはダメという例である。伊賀上野城そばに7361の大きな部隊があるが、前線で戦えていない。
 次の局面では、この部隊が四方向から包囲攻撃を受けることになるのである。
 戦争は数、は前提条件である。区々たる用兵など必要ない、というのは、正面決戦で優勢な場合だけ。

 1572年5月。
 140218_03.jpg
 鈴鹿山地を越え、織田家の本拠地、尾張国が見えてきた。織田家の軍勢はほぼ壊滅しており、援軍として出てきた徳川家が主力になりつつある。連戦になるが、九州全土に渡る念入りな内政で随時交代しつつ前線を押し上げ続ける。

 1573年4月。
 140218_04.jpg
 尾張国を概ね抑える。織田家の領土は元武田家の領土だった山のほうに点在するばかりになった。こうなると、豊富な人材があっても、兵力を整えることができなくなるため、さすがの織田家も攻勢が弱まる。

 同年6月。
140218_05.jpg
 浅井家が「同盟期間終わったし、後ろから襲うわ」と宣言してくる。このゲーム、同盟中に同盟期間の更新ができないという仕様のため、延長したいな~と思っていても、こういうことが起きる。まじで油断ならない。
 だがしかし、こんなこともあろうかと、石山御坊には、毛利家、三好家、長宗我部家から登用した武将をしこたま移動させていたのだ。距離が離れているため、このあたりは委任軍団となって、直接操作はできない。しかし、毛利家の三本の矢軍団なら順当に蹴散らしてくれるであろう。
 行け、委任軍団よ!

野望 | 18:56:54 | Trackback(0) | Comments(3)
ちゃんと外交コマンドを利用
 三好家は一度攻め込んできたけど、撃退したらおとなしくなった。一安心だ。

 1569年4月。
140217_01.jpg
 毛利家を追い詰めた。
 ここまでくれば、三好家と戦端を開いても問題あるまい。昨年の手合わせで手に負えないような相手ではないことが既にわかっているからな!

 1570年4月。
 140217_02.jpg
 四国から三好家を追い出しているうちに、織田家が漁夫の利をゲットしていた。が、あんな場所に拠点を確保しても、街道が狭いので大軍は動かせまい。三好家の次は織田家が相手になりそうだ。

 ただ、織田家は浅井家と婚姻関係なので、このまま織田家との戦争になると、同時に浅井家も相手にしないといけなくなるのだが、それはつらい。ここは外交コマンドの出番か。

 拡大画面。
 140217_03.jpg
 大軍に区々たる用兵など必要ない、と言いたくなるような状況である。

 同年10月。
 140217_04.jpg
 浅井家への工作により、同盟を結べるようになったので、12ヶ月の同盟を結ぶ。浅井家のマークの周りにうっすら緑色の枠がついていることがわかるだろう。
 ついでに、織田家と上杉家がガチバトルしている様子を把握したので、織田家との戦争に踏み切る。

 同年11月。
 140217_05.jpg
 三好家滅亡。あれほどの軍勢を北陸に展開しているのに、織田家の軍勢がパない。
 島津家の興亡ここにあり。各員奮闘し努力せよ。ぶおぷー(法螺貝

野望 | 18:42:26 | Trackback(0) | Comments(0)
カウンター攻撃が有効
 毛利家とにらみ合いを続けながら、とりあえず四国へ侵攻する。なぜなら、毛利家にはチップがいて、正面からまともにぶつかって勝ち目はないからである。
 考えてみれば、わざわざチップを他家に配置しないでもとから味方に付けておけばよかったんじゃね? と思わなくもないが、まあ、あまりご都合主義なのもどうかと思いましてな。詰んだら考えるわ。

 1566年4月。
140216_01.jpg
 四国を半分ぐらい制圧して長宗我部家を攻める。

 その途中、湯築城(伊予国)に毛利家の大軍が押し寄せてきたので迎撃。
140216_02.jpg
 なんとか撃退に成功する。

 これほどの大軍を失って、毛利家は大打撃のはず。
 今しかない!

 1567年4月。
140216_03.jpg
 毛利家の兵力が回復する前に、一気に攻め込むのだ! ぶおぷー(法螺貝

 1568年4月。
140216_04.jpg
 周防、石見、安芸までを手中に収め、引き続き毛利家との戦いを続ける。
 南のほうから三好家が出兵しているような気がするが、どうなるだろうか。三好家といえば松永秀久であるから、あまり同時に戦いたくないのだが。

野望 | 18:15:51 | Trackback(0) | Comments(2)
大友家にも事情がある
 前回、戦争を仕掛けるのが早かったから大友家がこっちに攻めてきてないのかな、という分析をしておりましたが、画面写真を整理していたら、1561年12月時点で、毛利家が大友家に全力で攻め込んできてたのが原因とわかりました。
 140215_01.jpg
 ふーむ。

 1563年5月。
 140215_02.jpg
 やはり火事場泥棒的にならざるを得ない。
 伊藤家は滅ぼして日向国をゲットし、そのままの勢いで府内館(豊後国)をゲットしている。さらに城井谷城(豊前国)までどんどこ攻め込んでいる。

 毛利家vs大友家の戦いは一旦収束しているようだが、大友家を滅ぼしたら、毛利家の脅威に直接さらされるのは我々島津家であるのは明白。しかし、まあいずれ戦うことになるんだし、まずは領土を広げて国力を高めよう。
 戦争は数だよ、兄者!

 1564年4月。
 140215_03.jpg
 城井谷城を手に入れたところで、毛利家が軍勢を送ってきたので、2777の部隊を配置してけん制したら、お互いにらみ合って動きがとれなくなった。
 その横で、勢力の弱まった大友家の柳川上(筑後国)を竜造寺家が攻め取るという漁夫の利おいしいです的行動に出てきたので、毛利家とのこう着状態が続いている間に竜造寺家を滅ぼすべく行動開始。

 かつて、魏の曹操は言った。
 『俺が人を欺くのは良い。しかし、人が俺を欺くことは許さん』と。

 そういうのとは関係なく、九州平定のためには竜造寺家は滅ぼさざるを得ない。それだけの話です。
 ぶおぷー(法螺貝の音

 1565年4月。
 140215_04.jpg
 竜造寺家の持つ城は既に方位状態で、ここを陥落させれば勝ち。
 毛利家(赤い丸)とのにらみ合いはずっと続いてます。
 四国のはじっこに進出しているのは、滅ぼしたと思った大友家がひっそりと四国に逃げ延びていたので、助走をつけて殴って今度こそ滅ぼした結果です。
 立花山城のマークにうっすら緑縁があるのは、同盟状態だからです。初同盟であるが、まあ、いずれここも滅ぼさねばならないというのは、また別の話である。

野望 | 19:57:04 | Trackback(0) | Comments(0)
シナリオ2で開始(島津)
 シナリオ2「桶狭間の戦い」から開始してみました。
140214_01.jpg
 シナリオ1の開始とほとんど変わってない。
 加久藤城という拠点は、シナリオ1の時はなかったかな? 近畿のあたりがイベント目白押しの時代、概ね9年ぐらいを、九州地方はのんびりと平和のうちに過ごしていたのだろうか。

 それはそうと、薩摩を本拠地とする島津家は周りから思い切り「敵視」されている。南の大隅国には肝付家が、北の南肥後国には相良家が、ちょっと見えないけど、東の日向国には伊藤家が陣取っている。
 外交コマンドでよくよく見てみると、伊藤家は大友家と、相良家は阿蘇家と同盟を結んでいた。なるほど、前回、大友家が気がつくと敵視になっていたのは、同盟相手の伊藤家を滅ぼしたからだったんだな。

 と、なれば、やることは決まった。
  ①肝付家を滅ぼして大隅国ゲット
  ②相良家を滅ぼして南肥後国ゲット
  ③阿蘇家を滅ぼして北肥後国ゲット

 こうすれば、大友家が敵視に変わる前に領土を広げて国力を上げられるであろう。もちろん最終的には大友家も滅ぼさざるを得ない(乱世だから仕方ない)のだが、まずはそういう流れにして、全方位が敵という状況を避けられるようにしたいというのが今回のプレイにおける課題だ。

 1561年4月
140214_02.jpg
 肝付家、相良家を首尾良く滅ぼした。
 伊藤家が敵視になっているが、もともと敵視だったのでドンマイだ。

 1562年4月
140214_03.jpg
 阿蘇家を滅ぼしたので、伊藤家も食べ始める。
 大友家? ガチで敵視して来てます。無理なんじゃないかな、乱世に他勢力と仲良くするとか。

 そもそも、前回はまず内政をしてから戦争を始めていたのに対し、今回は初手から肝付家を滅ぼしにかかっているのだが、大友家の軍備が整う前にここまでこれたからか、隈本城とか兵力的に手薄なのに、大友家は攻めてきてない。
 兵は拙速を尊ぶ、とはこのことか。

 もはや最初の目的はオワタが、どうせプレイ履歴を埋めて特典解放するためにはシナリオクリアせねばならないので、引き続き島津家の戦いぶりをお楽しみいただきたい。

野望 | 23:54:41 | Trackback(0) | Comments(0)
とりあえず天下統一クリア
 外交コマンドにさらなる研究を加え、だいぶ理解してきました。が、まずお詫びしなければならないのは、外交コマンドに「工作」「交渉」「停戦」がある、と以前の記事で申し上げましたが、誤りでした。
 「停戦」ではなく「贈物」でした。

 ぜんぜん違うやんけ!

 まあ、贈物コマンドは相変わらず「現在は実行できません」なので、何が何だかわからない、というのが正直なところではありますが。

 初回プレイはシナリオ1「家督相続」でやっていて、九州制覇してチップにボコボコにされて詰んだので、やり直しまして、調略ジャンプを駆使しつつ、チップをたくさんの弱い部隊で釣って、その間に大内家本拠地の山口を制圧するなどのセコいやり口でしのぎ、チップを山口館の城主にしたら自動的に出兵して毛利家を半分滅ぼすなどの活躍をはじめ、四国、瀬戸内周りを攻略している間に、山陰がまるっと領地になっていたり、織田家と松平家と太平洋側でガチバトルしている間に北陸から新潟までチップが攻め落としているという、チップ無双状態で天下統一クリアしました。

 今回は「戦国伝」というイベント的なものが発生し、○○探題、左大臣、右大臣、関白と位が上がる。上がる条件は、たくさんの本城を支配すること。関白になると、内政コマンドの「政策」から「惣無事令」を選ぶことができるようになる。…はずなのだが、関白になってから惣無事令を出せるまでタイムラグがあったりするので、関白になることだけが条件では無いかもしれない。
 惣無事令を出すと、その時点でゲームクリアになるため、九州、中国、四国、近畿を全部支配し、京都までたどり着けば、その時点でクリアとも言える。
 が、西日本を支配した状態で惣無事令を出し、全国統一扱いにすると、ゲーム内世界ではいろいろあって関が原の戦い的な決戦が起きるのではないか、という懸念もあり、天下統一まで戦い抜くことになりました。

 次はシナリオ2「桶狭間の戦い」からはじめようかと思います。
 もう少し外交コマンドを活用もしたいですね。

野望 | 12:49:35 | Trackback(0) | Comments(2)
調略で内政が捗る
 前回は外交コマンドの出番がない件で記事を書きましたが、大名とのアレコレをするのが外交であり、地方の豪族?的な人々との関係をアレコレするのが調略である。
 調略コマンドには「懐柔」と「取込」がある。

 地方の豪族には、支持率が設定されている。近くに複数の大名家がある場合には、二つの大名家それぞれへの支持率が設定され、どうがんばっても100%にはできない模様。
 大名家がひとつしか無い場合には、大名家と独立性のふたつで、合計が100%になる。この場合、懐柔コマンドにより(金銭を消費するが)支持率を上げることができる。

 地方の豪族は70%以上?の支持があると、合戦中に援軍として突如出現する。味方に出れば頼もしいが、敵に出れば厄介という地味ながら重要なポジションである。だからこその調略コマンドをおろそかにできない。
 付け加えると、地方の豪族を直接攻撃することはできない。
 これにより、俺のような外交使節(物理)作戦は一切無効の存在になっている。ぐぬぬ。

 また、豪族にはタイプがあるらしく、米俵、小判、手裏剣、刀、鉄砲、馬、等々、様々なアイコンがついている。印象としては、米俵豪族の支持率が高いと、毎年、米が上納されてくる。小判なら金銭が上納されるのだろう。
 鉄砲、馬も上納されてくることがあるが、誰から、という記載はないので、よく分からない。刀が上納されたことはないのだが、その辺はよくわからない。ggるなりwiki読むなりしろ、ということだろう。読まないが。

 それはそうとして、調略コマンドでのべつまくなしに懐柔しまくるのはいただけない。複数の大名家に挟まれている豪族へは、もちろんCOMも懐柔を行ってくる。従って、豪族の支持率を入念に上げてから攻め込もう、などと考えていると、足場固めが終わったあたりでチップが8000の軍勢で突撃して来て詰むことになる。
 豪族の支持率は、自分が強ければそれなりに上がるのである。例えば、近くの支城を陥落させることで「ナニガシ氏が服従を申し出ました」みたいなログが出て、支持率がどどーんと80%近くになったりすることは、ままあるのだ。
 それに、相手に豪族の援軍が来たからといって支城も落とせないようでは、本城の陥落など不可能であり、漁夫の利をさらうことに成功したとしても、三日天下で終わるだろう。

 調略コマンドが真の力を発揮するのは、取込によってである。
 支持率が100%の豪族に対しては、取込コマンドを実施することができる。金銭を消費するが(おそらく支度金的な意味合い)、豪族のいる国の本城へ移住してもらうことで、人口と最大兵力がグッと上昇する。
140208_01.jpg
 感触としては、豪族をひとつ取り込むと即座に本城の城下町を拡張できる感じ。城下町が拡張されると、内政の最大値が上がる。内政の開発コマンドにより内政値を上げる時、最大値に近くなると、伸び具合が鈍るので、最大値が上がることは開発コマンドの効率も上がることにつながり、いいことづくめなのである。

 調略で内政をジャンプアップさせ、隣の大名家を助走をつけて殴って滅ぼし、また調略で内政をジャンプアップさせるというルーチンワークでかなりイケるとなると、ますます外交コマンドの影が薄くならざるを得ない。
 とはいえ、島津家の持つ基本的な武力を前提に語っているので、全大名家で同じことができるとは思えない。里見八犬伝プレイをする時には外交コマンドが光ると信じて、今は調略コマンドを入念に実施しようと思う次第。

野望 | 19:08:31 | Trackback(0) | Comments(2)
外交コマンドの出番がない
 ちゃんと外交しろよ、というアドバイスを頂いたのでちょっと研究してみました。いつまでも外交使節(物理)とか言って城を取るだけじゃ芸がないですからね。日々精進です。

 外交コマンドには「工作」と「交渉」、そして「停戦」がある。信長の野望は戦略シミュレーションなので、当然、外交によって有利な状況を作り出しつつ、自身の勢力を伸ばさなくてはならない。
 島津家の場合、薩摩に隣接する大隅の肝付家、日向の伊東家、南肥後の相良家は軍備が整ったらすぐに攻め込んでゲットせざるを得ないスタートラインだし、その先に見えてくる阿蘇家と大内家が同盟を結んでいるので、どちらかと同盟を結んで、片方を攻めるという作戦はなんか微妙な雰囲気になる。
 具体的には、仮に阿蘇家と同盟を結んで大友家を攻めると、外交姿勢が「普通」から「困惑」になる。困惑になったからといってペナルティがあるようには見えないのだが、なんかこう、気分的に、ね?

 かといって、大友家と阿蘇家、両方と同盟を結んでしまうと、九州南部から出ることができない。四国に渡るには、豊後の府内館あたりから船を出す必要があるのだ。そして豊後は大友家の領土である。
 また、阿蘇家の本拠地、隈本城は九州のほぼ中心にある要衝の地である。要衝の地であるのに、阿蘇家がガッチリ守ってくれるのではなく、肥前、筑後あたりの竜造寺家がバンバン攻め込んできていつの間にかゴチられている。
 他所に取られるぐらいなら俺がもらうという結論に至るのは仕方の無いことなのである。いやホント。
 阿蘇家と大友家と同盟を組み、竜造寺家と大友家と小競り合いさせているうちに、四国に渡ってまるっとゲットする、ぐらいの腹黒いプレイができればいいのだが、いかんせん阿蘇家が頼りない。たまに阿蘇家が大友家に食われてたりすることもある。
 お前ら同盟国じゃないのか。

 それで、阿蘇家と大友家を攻め始めると、竜造寺家と大友家が漁夫の利を狙って攻め込んでくるわけですよ。こっちが支城落として足場を作ってる間に隈本城が落城寸前なんですよ。村中城と柳川城は川一本、これらと隈本城の間には平野しかない。
 こっちは人吉城から山道をせっせと整備して峠越えて来てるのに、アイツラなんなの? って話になりますよ。
 阿蘇家と大友家が片付いたら竜造寺家、大友家と戦争になりますよ。当然。

 外交コマンド出番なくね?

 一応、工作コマンドで武将を派遣すると(相手先に常駐するわけではないので、例えば出陣して行軍していたとしても、工作自体はできる)、相手からの信頼ポイントを得ることができる。最高100かな?
 武将を派遣するときの「予定期間」は、この信頼ポイントが100になるまでにかかる期間を表示しているが、いつでもやめることができる。
 交渉コマンドは、工作コマンドで得た信頼ポイントを消費して同盟を結んでもらったり、援軍を送ってもらったりすることができる。この交渉は武将を指定しない。使者を派遣しました、と表示され、概ね実行フェイズ中に返事が来る。
 停戦コマンドは… 常に「今は実行できません」となっているので、どういう効果なのかわからない。今後に期待だ。

 なお、同盟を結んでいると、外交収入という謎の収入が毎月得られる。同盟を結んでいる間にこのお金で軍備を整えて、背後から刺せということだろうか。
 ホント、戦略級シミュレーションは地獄だぜ、フゥーハハハァー!

野望 | 19:49:28 | Trackback(0) | Comments(0)
信長の野望 創造PC版
 もう二月か。最近は魔が差して信長の野望 創造を衝動買いしてしまったので、ちまちまやってます。シミュレーションゲームなんだけど、チュートリアルもやらず、ゲーム中に出てくる説明のみでやっているので効率は良くない。
 現在の印象をざっと紹介。島津でやってます。

・人手が足りない
 本城、支城、の二種類があるのだが、思ったよりも数が多い。
 内政を実行するときには(多分)配置された武将(複数の武将がいる場合、一人だけ「奉行」になる)の政治力が影響すると思うのだが、政治力の高い武将を配置しよう、などという色気を出すと、ぜんぜん人数が足りない。
 登録武将(武将を自分で登録する)が1000人までできるという仕様なので、それでカバーしろということか。

・兵糧が足りない
 出陣すると、部隊の人数が何人であろうとも、120日分の兵糧を持たせることになる。もちろん進軍中に兵糧を消費していくのだが、道中で合戦して敵拠点の前で合戦して拠点を包囲して… とやっていると、城を陥落させるまでにえらい時間がかかるため、兵糧がかなりきつい。
 きちんと後詰め(先遣部隊より後から出発し、あるところで交代し、先遣部隊が補給に戻る間、戦線を維持する)を用意しないと戦に勝つことは難しい。人手が足りない。

・時間が足りない
 今回は街道の整備が内政を下から支える重要な要素になっているのだが、政治力55とかの武将に任せると、41日かかる、みたいな状況がよくある。このゲームは1ターン1ヶ月なので、30日以内に終わらない場合、31日だろうが59日だろうが、整備の進行速度は同じである。
 逆に、30日で終わる場合と、31日で終わる場合、進行速度は倍違う。そして人手が足りない。

以上のことから導かれる解決策 → 登録武将を使う

 …なのだが、あまりチート性能の武将を山ほど登録しても面白みを損なうだろうから、なんらかのルールは設ける必要はあるだろう。そりゃあ、全能力100武将100人で蹴散らすのも趣向としてはありなんだろうけど。

 なお、試しに自分と弟を島津付近に、チップを山口県あたりに浪人として配置したところ、若干プレイが楽になったものの、九州制圧に14年もかかった挙句、鳴門海峡を渡ったらチップが8000人の軍勢で仁王立ちしていた。これは詰んだなと思ったが、とりあえず、
 ①「雷神」こと立花道雪さんに ←九州最強級の武将
 ②6000の兵を持たせ      ←現時点の九州最大兵力
 ③軍馬も鉄砲もフル搭載して  ←当然軍備もアツい
送り出したら、あっさり負けたので、詰んだと言わざるを得ない。

 あと、自分も弟もチップも何も考えずにリアル氏名で登録したので画面写真は出せない。信長の野望でモザイクってのもなんか変な感じになるじゃん? 俺だけ?

野望 | 19:32:48 | Trackback(0) | Comments(2)

FC2Ad